雪ノ下一丁目

大河ドラマ「北条時宗」レビュー/ストップ!実時くん連載中

小ネタ集〜落書き編

ついったから転載

北条時宗」の重時の子供(孫)たちは全員気の毒な末路だったなあ…

この系図にはないけど梨子(牧瀬里穂)も

梨子も入れたかったけど、綺麗な女性の似顔絵って難しくてなかなか描けない

もう一点、西岡徳馬

高資の方がちょっとだけ若い(役者の演じた年齢的に)

 

私の歴史上の人物の脳内イメージは「小学館版少年少女日本の歴史」のあおむら純先生の描く歴史上の人物がほとんどを占めている

中でも室町幕府歴代将軍のビジュアルイメージはこの本に依っていると言っても過言ではない

↓こんな感じ

 

ドラクエ2の思い出

ドラマ「不適切にもほどがある!」の舞台設定が昭和61年(1986年)。時代考証が多少気になるけど(写るんですはこの年に発売だけど女子高生が気軽に持つほどにはまだ普及してなかった気がするとか、純子の積み木くずしっぽいスケバンの格好は80年代前半だったとかね)当時が思い出されて泣いたり笑ったりしながら見ている。昭和が全ていいわけでは全然ないけど(根暗(当時は陰キャをこう呼んだ)オタクは人権なかったし)、今はなんか窮屈な世の中になっちゃったよね。

そんで昭和61年(1986年)といえば、なんと言ってもドラクエ2発売ですよ※。自分的には初めてプレイしたドラクエかつ最も好きなドラクエ。音楽も一番いいと思うんだ。

https://youtu.be/JZrgA3kn8BQ?si=UUNUN0T4vgZd2wiY

↑やっぱりファミコン音源が最高。おっさんたちの郷愁感あふれるコメントも大好き

発売日に、学校終わった後バスに乗ってユニーのおもちゃ屋まで買いに行った思い出。当時好きだったマンガの主人公の名前をローレシアの王子の名前にしたなあ(ぬけさく、アーサー、サマンサでしたw)。もちろんふっかつのじゅもんノートも作った。さらには、ノートにプレイ日記ならぬプレイ漫画を描いてた。読者は弟だけだったけど。そうそう、好きすぎて小説ドラクエ2も買ってもらってた。いのまたむつみ挿絵の。でも、ムーンブルグの王女をめぐってローレシア王子サマルトリア王子が争う(ローレとムーンが両思いでサマルは噛ませ犬的な)三角関係になっててすげえ嫌だった。子供だったので、おバカ3人組みたいなノリで漫画を描いてたから余計…。人生初めての解釈違いってやつだったな。

今思うと、ストーリー的にもほかのナンバリングほど深みもなくて大したことはないのよね。でも体力馬鹿で正義漢のローレシア、器用貧乏でのんびり屋のサマルトリア、冷静沈着なツッコミ役のムーンブルグの三人の珍道中が好きでたまらなかった。

エンディングの、サマル「はやくいきなよ」ムーン「なーにてれるなんて。あなたらしくないわよ」(ファミコン版では)初めてしゃべった仲間二人、そして流れる「この道わが旅」。これを聴きながら、ドラクエ屈指の難易度のロンダルキアの洞窟、国境よりもはるかに長いトンネルをようやく抜けたらそこは一面の雪景色のロンダルキア台地。あっ、ほこらだ、やっと回復できる…と思ったら立ち塞がる白い悪魔パズズなどの思い出が走馬灯のように駆け巡る。泣ける。

次のドラクエ3を最高傑作認定する人も多いと思うけど、キャラ立ちの観点からいうと自分的にはイマイチであんまり好きではなかったな。だって主人公以外オリキャラじゃん。ノートに漫画も描いたけど、戦士=ローレ、僧侶=サマル、魔法使い=ムーンとキャラをスライドさせて描いてたよ。

 

※確認したら、ドラクエ2は昭和62年1月だった。ドラクエ1が昭和61年5月発売。5月が誕生日でちょうど買ってもらえたというのに、ドラクエ1でなくクソゲーと名高いスパイvsスパイを買っちゃった苦い思い出

吉野家コピペ〜クルミっ子編

昨日、鎌倉の紅谷行ったんです。クルミっ子の。

そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで入れないんです。

で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、小町店オープン、とか書いてあるんです。

もうね、アホかと。馬鹿かと。

お前らな、新店舗オープン如きで普段来てない鎌倉に来てんじゃねーよ、ボケが。

紅谷だよ、紅谷。

なんか親子連れとかもいるし。一家4人でクルミっ子か。おめでてーな。

よーしパパ16個入り頼んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。

お前らな、鳩サブレやるからその列空けろと。

紅谷ってのはな、もっと閑散としてるべきなんだよ。

陳列棚の中の店員のおばちゃんといつ喧嘩が始まってもおかしくない、刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。

で、やっと入れたかと思ったら、隣の奴が、リスくん缶入りで、とか言ってるんです。

そこでまたぶち切れですよ。

あのな、リスくんなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。

得意げな顔して何が、リスくん、だ。

お前は本当にクルミっ子を食いたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい

お前、リスくんっていいたいだけちゃうんかと。

クルミっ子通の俺から言わせてもらえば今、クルミっ子通の間での最新流行はやっぱり、頼朝パケ、これだね。

頼朝付き鎌倉案内包装紙。これが通の頼み方。

頼朝パケってのはいかにもザ観光地って感じの包み紙。そん代わりダサくて誰も買わない。これ。

で、それに自分用おやつでクルミっ子切り落とし。これ最強。

しかしこれを頼むと次から店員にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。

まあお前らド素人は、いちょうサブレでも食ってなさいってこった。

 

 

 

マジでクルミっ子が買えなくなって吉野家コピペを思い出したわ。いい加減にしてほしい。

吾妻鏡小ネタ〜泰時編

ツイッターXからの転載(その1)

鎌倉時代の年号がポンポン代わりすぎて覚えられないジレンマ

泰時執政期なんか足掛け二年実質一年足らずとか普通で、吾妻鏡読んでると、京からお知らせが来てえっまた元号代わったんすか?となる

逆に室町時代になると十年単位とかざらなので(応永は昭和、明治の次に続いて長く続いた年号だそうで)、鎌倉時代はそれだけ天変地異が多かったということなのか

しかも京からの使者が来るの10日はかかるから、京都では天福だけど鎌倉はまだ貞永といったタイムラグが発生するんですよね。アリバイ崩しに使えそう(?)

雑探偵泰時

泰時「天福元年4月17日、君はどこにいましたか?」

容疑者「えっ、鎌倉にいましたけど」

泰時「改元詔書が鎌倉に届いたのは4月23日だから鎌倉では17日はまだ貞永!17日が天福なのを知っているとは君は京都にいたに違いない!よって犯人は君だ!!」

容疑者「なんでだよ!!」

時房「タロちゃんちょっとそれは雑すぎるよ」

 

ツイッターXからの転載(その2)

・伊賀兄弟が心変わりしないぜ!と誓い合ったというのを聞いた泰時「心変わりしないって約束するなんて感心だね(ニッコリ)」(元仁元年7月5日)

・御所周辺の騒動を聞きつけ武装して集まった御家人たちを不問に付すと言いつつブラックリストにのせる泰時(寛喜2年3月1日)

時房「タロちゃん意外に黒いところあるよね」

四代将軍九条頼経について

今ちょうど頼経上洛の嘉禎四年あたりを読んでるんですけど、頼経が大勢の鎌倉武士を引き連れて京都に凱旋!父上(九条道家)やおじいさま(西園寺公経)、兄上や母上のお屋敷、内裏に参内するときも大勢供奉人引き連れていったりしてて、この時が頼経の人生最良の時だったんだなあ…と、その後の頼経の人生を考えるにつけなんだか切なくなる。弟の福王が小鳥逃しちゃった時、結城朝光の子の朝村(元服したて)に、「いいか絶対殺さずに射止めろよ」って無茶振りして朝村が見事ミッションクリアしたら「兄上、こんな腕の立つ武士を従えてるなんてすごいね!!」とか福王に羨望の眼差しで見られたりといった細かい出来事もあって、頼経が鎌倉殿としての自意識が大きくなっていったんじゃないかなーと思う。その後何年もしないうちに再上洛ぶちあげてはその度に泰時や経時になんだかんだで延期させられて、そこらへんから溝が生まれていったんだろう。結局念願の再上洛を果たしたのは、鎌倉を追放されるという形だったっていうね…

実時くんの漫画にも頼経出したいけど、ひばりくんキャラの誰を当てようかな。

歴史創作炎上騒動に思う

あまり積極的に炎上元を見たことはないけど、X(Twitter)上である近現代史の偉人を女体化して漫画を描いてるアカウントの人が歴史創作と称して行き過ぎた表現をしたため批判され、歴史創作やってる人全般に飛び火してしまったらしい。批判する人たちは、扱う歴史上の偉人へのリスペクトが感じられないとか、子孫が見たら傷つく、などと主張しているようだ。しかしリスペクト云々は主観の問題だし、子孫云々はいかにも正当性があるように見えるけど、実はそれを盾にして気に入らないものを叩いてるだけのようにしか見えない。ご子孫の方が直接苦情を言われるのであれば真摯に対応するべきかもしれないけど、なんでそれを外野が言ってくるんだろうと思う。

そう、批判はなぜか外野から飛んでくるのだ。

ネット黎明期の個人ホームページ全盛期は、わざわざできたばかりのYahooを検索するなど手間をかけないと、好きなものには出会えなかった。だから訪問してくる人は冷やかしではなく、純粋にそれが好きな人ばかりであった。それぞれのジャンルの垣根がものすごく高かったのだ。今は興味がないものでもSNSでバズれば目に入る場合が多い。それが気に入らなければリプライ一つで簡単に批判というか攻撃ができる。なんというか今のネット社会、とくにSNSは垣根が低すぎるので問題が起きやすいんだと思う。もちろん垣根が低いことで、知らなかったものに出会えるというメリットはあるんだけど。

X(Twitter)の運営が続くかどうか分からないけど、垣根の低いSNSという特性上、今後もこのような騒動はなくならないだろう。その度に不愉快な思いをしないためにも、みんな個人サイトに回帰しようぜ、と主張したい。ブログやpixivでもいいんだけど、誰にも邪魔されない(自分が管理人だからね)自分の箱庭をネット上に持つのなら、個人サイトに勝るものはない。訪問者は少ないだろうが、昔以上に純度の高い人がわざわざ探し当てて来てくれると思うと喜びはひとしおだろう。

現在の個人サイトは、前世紀に作られたものがそのまま放置されてるだけではなく、絶対数は少ないながらも新たに立ち上げられ、デザインもスマホ対応で見やすいものが現れてきているようだ。自分もコンテンツ溜まってきたら、いずれ個人サイトを立ち上げたいなと思っている。そうするには色々勉強しないといけないんだけど。